column

第一回「いづれ、翆点になる」

はじめまして矢津吉隆です。
京都を拠点にアーティストとして活動しています。京都の芸大を卒業してから早いものでもう10年が経ちました。
正直、今でも美術を続けている自分にびっくりしています。大学の同期も先輩も先生もきっと驚いていることと思います。ほとんど制作室に現れない不真面目な学生でしたから…。

在学中は卒業したらもう美術はやってないだろうなぁ、と漠然と思ってました。
そんな僕が、卒業してから10年後の今もアーティスト活動を続けているわけなんですが、なんとなくずっと気になっている事があります(そんな僕だから気になるのかもしれませんが…)。
それは、「僕の職業ってなんだろう?」ってことです。

つい先ほど、「アーティストとして活動しています」と言いました。確かにそれは間違っていません。
僕は自分のアトリエを借り、美術作品をつくって発表しているし、個展やグループ展もやります。
いわゆるコマーシャルギャラリーというところで少しですが作品を売ったりもします。そう言う意味では職業は”アーティスト”かもしれません。でも、正直に言うと、それだけで食べているわけではありません。というか、アーティスト業で黒字になった年なんて今まで一度だってありません。

じゃあ、どうやって食べているのかというと、学校で先生をやっています。大学で非常勤講師として働いているのです。もう、今年で5年目です。数年前までは、美術系の予備校でデッサンやらを教えてもいました。そうやって収入を得て、ご飯を食べてるわけです。

うーん、リアルな話になってしましました。連載コラムの初回にいきなり何を書いてるのか…。
ちょっと迷いますが、大事なことなので続けます。

じゃあ、僕の職業は”大学教員”ということになるのか?

正直に言いますと、「大学で講師をしています」は「アーティストです」より世間的にはかなりウケがいいわけです。
普通の人は、僕が「アーティストです」と言っても、誰もそれを職業だとは思っていません。「あと、大学で教えてます」があって初めて社会人として承認される。今の日本ではそうです。

アーティストは職業だとは思われていない。きっと、作家のひとは多かれ少なかれ、これと似たような経験があると思います。でも、それでは違和感があるわけです。大学教員がダメだとかそういう話ではありません。僕も大学の職があることでどれだけ助かっていることか…。専任ならありかもしれません。教授や准教授になれるなら話は別です。しかし、そんな地位に就けるのはほんの一握り。

別に諦めているわけでもないですが、教授なんてなれるとは思えない。僕は非常勤講師なので、いつまでも続けられるわけではありません。助成金や奨学金にしてもそうです。もらい続けるわけにはいかない。持続可能なものではないのです。
しかも、作品もタダで生まれるわけではない。作品の制作にも大きなお金が必要になります。

普通に「このままだと、どうしようもなくなるな…」と思うわけです。
さすがに、この楽観的な僕でも。

そんなもやもやを僕はずっと感じていました。
でも、最近、それが少し変わってきたのです。…といっても、売れっ子アーティストになって作品がバンバン売れているわけではありません(そんな経験してみたいですが…)。

では、何で変わったのか?
(なんか変な自己啓発セミナーみたいになってますが…、笑)

2012年の秋、僕はあることを決心したのです。
その時のことは、今でもハッキリ覚えています。このアイデアに辿り着いた瞬間、今まで漠然とした不安のなかで、モヤッとしていたものが取り払われて、初めて自信をもって、これなら「僕の職業はアーティストです」と答えることができると思ったのです。僕のなかで、知らず知らずのうちに狭い既成概念のなかに納めてしまっていたアーティスト像を打ち砕くことができた瞬間でした。

これでアーティストとしてちゃんと社会と関わっていける、そう感じました。

さて、前置きが長くなりました。
単刀直入に言います。
僕が決心した”あること”というのは、新しい”アートスペース”をつくることなのです。

「え?それお金になるの?」と思ったかもしれません。
確かに一部の有名ギャラリーを除いてちゃんと儲けている日本のギャラリーなんてほとんど無いように思えます。
アートスペースなんてお金になりそうにない…。しかし、そもそも、僕はお金儲けのアイデアを思いついたわけではありません(確かにお金の話は関係しますが)。言うならば、新しい”展覧会”のアイデアを思いついた、という事です。しかも、それは副産物的にお金の問題を少しだけですが解決してくれる。「これは面白いことになったな」と思いました。

そして、このコラム『いづれ、翆点になる』では、僕の始めたその新しいアートスペース『kumagusuku』ついてご紹介していきたいと思っています。そして、そのアートスペースをつくることが何故、「アーティストとしてちゃんと社会と関わっていく」ことになるのかを連載のなかで皆さまにお伝えしていければと思っています。

しかし、このkumagusuku、実は2014年の春になった現在もまだ完成していません。去年の夏、小豆島で3ヶ月間の期間限定でオープンしただけで、現在進行形で目下準備中なのです…。なので、ここではkumagusukuなる謎のアートスペースが起ち上がるまでの実況中継みたいなものを、できるだけ生なかたちでお届けしたいと考えています。その場その場で思ったことを綴っていくのでこの先どうなるのか分かりませんが、暖かく見守って頂ければ幸いです。

クマグスクロゴ
design : UMA / design farm

さて、今回は連載初回なので、kumagusuku(クマグスク)をご存知でない方にkumagusukuとは何なのか?を簡単にご説明できればと思います。
先ほども”謎のアートスペース”などと言ってはみましたが、kumagusukuとは何か?と問われればアートスペースですと答えます。ジャンルは現代美術。要するに展覧会を企画し現代美術作品を展示するギャラリーです。というと、どこにでもあるギャラリーを想像するかと思います。しかし、鑑賞方法が少し普通のギャラリーとは違います。kumagusukuで開催される展覧会はすべて、”一晩かけて泊まって鑑賞する展覧会”なのです。

え?どういうこと?となるのも分かります。普通は展覧会には泊まらないですよね、笑。でも泊まれるんです展覧会の中に。といってもホテルの客室やロビーに作品が展示されているのではありません。美術を一晩かけて長い時間をかけて体験するために用意された場所がkumagusukuなのです。宿泊客を”展覧会”という形で最大限にもてなすための場所です。

よく聞かれるのが「矢津さんの作品が展示されてるんですか?」という質問ですが、ここには僕の作品はありません。あらゆるアーティストが展示をする可能性があります。しかも、展覧会の企画自体も別の方にお願いしています。

理由は簡単、ここを僕の作品として完結してしまうものにはしたくないから。
もちろん、アーティストとして、ここで可能になる表現のアイデアはいくつも持っています(いつか実現はさせてみたい)。でも、今ここでそれをやるだけではきっとkumagusukuという場所は育っていかない。より多くの人々に開かれた場所にはならないと考えました。このkumagusukuをアーティスト、キュレーター、デザイナー、建築家、その他あらゆる表現者にとっての実践の場として育てていきたいという気持ちがあります。そういった多くの人々が関われる状況をつくりだしていくことこそが、ここにとって重要なことなのではないかと思っています。

そして、このコラムのタイトル「いづれ、翠点になる」にもそういった思いが込められています。
“翠点(すいてん)”とは、南方熊楠の言葉です。
複数の因果が集まり交わる場所、偶然と必然の交差する点といった意味です。
熊楠の万物宇宙を捉えていこうとする思想の一端をよく表した言葉です。
kumagusukuがいづれ、翠点のように様々な人や物事、因果が集まり結び合う点になれば…という思いからそう付けました。

もう気付いている人がほとんどだと思いますが、kumagusukuの名前のなかにも”熊楠”という名が入っています。kumagusuku(クマグスク)という屋号には、熊と楠と城(グスクとは沖縄の方言で城という意味)という言葉が含まれていて、それぞれ、熊…動物的象徴、楠…植物的象徴、城…人間的象徴、を表しています。なんとも、アートスペースの名前としては異質かもしれません。なんで熊楠?と驚かれることもあります。しかし、僕のなかで熊楠という人物の世界を眼差し追求する方法論というものは、非常に美術の世界に通じるものがあると思うのです。

熊楠は紀伊山脈での粘菌研究から社会学、哲学、万物宇宙の在り方まで広範に見通せた人です。僕にとっての美術も同じように、自身の身の回りの事物を作品を介して新たに解釈し、より大きな世界を認識するための手段だと思っています。そう言った意味で、熊楠の名を借りるということは、kumagusukuという媒体にとって、「ああ、こういう姿勢を持って挑んでいくんだ」という声明にも似た名前になるんじゃないかと思っています。

小鐵裕子「坂手神宿遍路絵図」2013
小鐵裕子「坂手神宿遍路絵図」2013

2枚目の画像は友人の日本画家小鐵裕子さんの作品「坂手神宿遍路絵図」です。
kumagusukuのために描き下ろしていただきました。八百万の神々をもてなすための架空の島が描かれています。
神々は海の向こうから舟に乗ってやってきます。この島の人々は料理や踊り、くつろげる宿を用意して神々をもてなします。ここは日常と非日常の境界線上であり、人と神が交わり遊ぶ場です。

絵の所々には熊楠をモチーフにした植物や動物、図などが描かれ、kumagusukuのコンセプトを反映させたものになっています。小鐵さんは小豆島で開催したkumagusukuの際に滞在制作で襖絵も描いてくれました。その時にも色々なエピソードがあるので、また機会をみてご紹介したいと思います。

結構長くなりましたね。本当は、この初回で去年の小豆島でのプロジェクトについても書こうと思っていたのですが、今回はこれくらいにして、それは次回にご紹介したいと思います。ありがとうございました!

矢津吉隆

矢津吉隆 / Yoshitaka Yazu

美術家 / kumagusuku 代表

1980年、大阪府生まれ。京都市立芸術大学美術科彫刻専攻卒業。京都を拠点に活動。立体作品から平面、3D立体映像を用いたインスタレーションまで、様々な媒体で「第六感と表象」を主題として作品を制作。第13回岡本太郎現代芸術賞入選。2013年、『kumagusuku』を起ち上げ、瀬戸内国際芸術祭 2013 の夏秋会期 に小豆島の醤の郷・坂手港プロジェクトに参加。同年、フランスブザンソンISBAでのAIRプログラムに参加し個展「La Vouivre」を開催。

http://www.yazuyoshitaka.com

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