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「何が起こるかわからない」ってすごい大事。

モヤモヤとすることがあり、年に一度考え込んでテンションが下がる。
直感的な判断だけでこの年齢までやりくりできてしまうと、
なんとなくこういった気持ちになるときは、本能的に「思考せよ!」といろんな行動を抑制し、考えることを最優先に誘導してるような気がしてる。

この直感が正しいかどうかの判断以前に、その直感にしか頼ってなかった自分としては、毎年のごとく停滞期に突入し、無駄に歩き、体を疲れさせてから眠りにつく。
読書してても、ぼんやり本能が何を警告してるのかを考えてしまい1文字たりとも頭に入ってこない。自分で言うのもあれだが、ものすごく僕はモノラルな構造で出来ている。

昔、ワクワクしていたものにときめかなくなった。
デザインとか、インタラクションとか、昔好きだったものが、歳を重ねるとそれは表層だけを見て喜んでいただけだと気が付いた。その中でも時々ざわざわっと鳥肌が立つような物事に出会うと胸が高鳴る。純粋にそういうものが減った。
たぶん、30代前半の人とか、こういう経験を経てるんだと思う。大人すごい。

昔であればネットを回遊したり雑誌をめくれば、こりゃすげーわってテンションあがるものごとがあった。今はもうそういうものは、ほとんどない。
たぶん、それは20代の頃にovaqeを立ち上げたり、your unknown musicを始めたり、CNTRをスタートさせたり、MNRVをやったり、”自分がやりたいことをやる”っていう、やりたいことの半径30cmくらいのことは、やってみた流れもあるんだと思う。昔、いろんなものごとにテンションを上げていた頃の自分から見ると、あれこれとやってみて、やりたいことをやれて、こうやればできるのか、という方法論が血肉化し、ふと顔を上げれば昔ときめいたものごとのキラキラは消えていた。という感じだ。

例えば、いろんなものごとに冷めてきてるのを自覚してきた中で無性にテンションが上がったのが、UMAとMUESUMが誘ってくれた小豆島での時間や出来事や出会いだ。
あのとき日々感じたざわつきが20代の頃、いろんなものごとに感じていた胸の高鳴りに近い。あれはまさに表層で完結しない内面性をともなったクリエイションだったし、現在進行形で参加した僕らの中でも変容し成長している。

これがクリエイションのなせる本当のことだとぼくは思ったりしている。
ei-STUDIOだったり、UMAKIcampだったり、エリエス荘だったり、滞在して過ごした時間が、「何が起こるかわからない」ことに満ち溢れていた。佐野さんがオープンしたiroiroにも同じ空気がある。佐野さんもそういう時期を経てのiroiroだったのかなぁ。あの場所を作る意味すごく今わかる。

そんなこんなのここ数年の自分を総決算したときに、バカで申し訳ないが、
「何が起こるかわからない状況・場所」にテンションが上がる。ことに気づいた。
気づいた内容の薄さがすごい。でも、これが今モヤモヤしていたポイントだと気づいた。

プランナーというお仕事は、脳みそで仕事をしている。
その脳みそにはいろんな情報や体験が蓄積されていて、その情報量で出せるものが変わる。過ごす日常が浅いと出てくるアイデアも浅い。浅いところと深いところの距離感がぼくらプランナーの振り幅になり、それが広ければ広いほど、プレイヤーとして強い。

ぼくが今までやってきたことは、自分の興味と出来ることの半径30cmの世界。
これはいわば「一人井の中の蛙状態」だと気づいた。人は出来ることしかしない。
それも無意識にできないことを避け、無知であることに見て見ぬ振りをする。

ぼくが近年ドキドキしたポイントは全て「この状況で俺どうする!?次に何が起こる!?」みたいな場面にあった。自分を試されているというか、自分の世界だけで行動をしても意味がない状況にワクワクしていた。ただ自分の体でクリエイション・ギャンブルをしたいだけだと思うけど。

年末から今日に至るまで仕事に追われて、経営的には万々歳でも
心の中で何かが乾き始めているのを感じていた。
そろそろやばいぞ!とぼくのテンションが警告を発して、ふむ!と冷静に考え直すとすごくわかりやすい答えがあった。

「ぼくが予期できる世界」でのものづくりは、二番煎じ。
「ぼくが予期できない世界」でのものづくりが、本当のものづくり。

つまり、これまで知ってる道で冒険ごっこをしてるだけだと気づいた。
本当の冒険というのは何が起きるかわからないから「冒険」なのだ。
道の踏み外しが足りない。だからドキドキしない。近所で迷子してるだけ。

ぼくの本能が語りかけているのは、ちょっと表層を変えただけの
今までやってきたことの繰り返しになってるぞ、という警告だった。
だから、日常が退屈でテンションが下がるのだ。
もっとmake new shitかませ、ということだ。

退屈で枯れる前にぼくも見たことがないものをかまさないと。
それは今までやってきたことではなく、なんかまったくわけのわからんことだというのは今の時点で感じている。

気合い入れて気張るわ。
年上の作り手たち、みんなここ通過してんだよな。
本当、すげー。

Subaru Matsukura

AUTHOR

松倉 早星(Subaru Matsukura)

ovaqe inc.代表 / CNTR編集長 / MNRVファシリテーター
1983年、北海道富良野生まれ。立命館大学産業社会学部卒業。 東京・京都の制作会社にてプランナーとして在籍。
2011年12月ovaqe inc.設立。領域を横断した多数のプロジェクトに携わる。
http://ovq.jp/
http://subarumatsukura.com/

ovaqe inc.