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誰も君のことなんか見てない。

夏の尻尾が見えてきた。夜風が涼しく気持ちのよい睡眠が過ごせるこの季節。
ふと、この言葉を思い出す。

「誰も君のことなんか見ていない。」

これは僕が今の自分たる原点でもある気付きだ。今日は学生の皆へ届けるブログにしようと思う。
僕は札幌の隅っこのど田舎で高校を卒業し、大学で京都に移り住んだ。
4年間通った大学は、入った時は賢くても卒業したら馬鹿になってる、なんて影で言われるような学部で。
物凄い数の入学生がいることでも有名な大学だ。ちなみに僕は賢くもないので卒業したら、どうなってしまうのか不安でしょうがなかった。そんな19歳。

隣に並ぶ同学年の学生だけでも下手すると1000人以上いたと思う。
色々な地方から出てきて訛りもバラバラでラーメンへのこだわりは地方ごとに違って、日本の文化をごった煮にしたようなカオスな学部だった。たぶん、僕がいた学部だけじゃないけれど。

皆、色々なサークルへ入るのを横目に僕は軽音楽部へ足を運んでその時であった仲間と在学中ずっとバンドを続けていた。
サークルは仲間を見つけて以降、一度も足を運んでいない。それ以降はもっぱらライブハウスかスタジオにいた。

初めてのライブの時、人前で歌うことなどカラオケ以外ではなかった僕は、それなりに緊張していた。(楽譜が読めないのでボーカルでした。)
緊張しっぱなしのままライブを終え、クタクタになったまま、空っぽな状態で控え室でゴロゴロと汗がひくのをまっていた。
それがたぶん僕の人前で表現することの1日目だったと思う。

時々大学へいっては、みな日々の楽しい毎日を過ごし、彼女もでき、彼氏もでき、キャンパスライフをエンジョイしてる。
4回生なんかも同じ建物にいるので皆一様に同じ空気。楽しいまま、何も変わらぬまま、そのまま4年間を過ごしているように当時の僕には見えていた。

このままだと何者にもなれない。

今だからこそ言えるけど、僕は素直にそう思った。若気の至りで当時嘆いていた言葉をそのまま引用すれば「あいつらと同じ人間なんて嫌だ」である。ごめんなさい。でも、そのとき僕は心の底から恐怖したのだ。

その恐怖を抱えたまま、月に6本近くライブを重ねてお客さんも増えてきたときに僕はひとつ表現の壁にぶつかった。
50人くらいのファンとライブでどう対話していいか分からなくなったのだ。ぺらぺら喋ったり、どうでもいいことを繰り返していた。

ライブハウスのオーナーが撤収後に毎回アドバイスをくれるのだが、
その日は僕のことだけを呼び出して、こういったのだ。

「誰も君のことなんか見てない。」

なんだか僕は衝撃的な一言を言われた気がして、何も言葉を返せなかった。
お客さんは僕らバンドを見てくれている、フロントマンである僕も同様に見てくれている。
でも、君のことなんて見てないってどういう意味だろう。

頭がぐるんぐるんと回り出して、数日間そのことだけを考え続けた。
で、答えも出ぬまま、次のライブが迫った前日にこう思った。

(誰も僕のことを見ていないなら、もう自由にやってしまおう)

ライブではもう誰も見ていない、いつもとは違う等身大な自分でライブをした。
MCも別にしゃべらない。曲名もいわずに始める。なんだか物凄い解放された気分だった。
何よりお客さん一人一人が僕らの目を見て体を動かしてくれていた。
そのときの皆の表情を今でも僕は覚えている。100の目が僕らと通じている感じ。
これが初めて自分たちの表現が繋がった瞬間だと思った。

今まで「見られてる」なんていうどうでもいい意識が何かを演じさせていたのだと気付いた瞬間だった。
それを踏まえて、僕にアドバイスをくれた一言は、本当の表現ってものが何かを教えてくれる大きな一言だった。
この言葉を今でも大事に持ち歩いている。

後輩やインターンで来てくれた子には、まず最初に伝えている。
アイデアを出すのが恥ずかしいとか、自分のデザインを見せるのが恥ずかしいとか、
自分の夢を語ることが億劫だとか、何かにつけて自分という存在の見られ方を強く意識してる子が多い。
だから、僕は最初にこういう「誰も君のことなんか見てない。」
君が失敗しようが、へまをここうが、チャックが開いていようが、誰も君のことなんか見てないし、覚えてない。
自分の言葉や表現を素直に出すことは別に怖く何かない。どうせ失敗しても忘れられるし、そもそも見てないから。

忘却と無視の繰り返しだ。だったら何したって怖くはない。
ただ自分の素直な表現や言葉を出せたとき、必ずそれを評価してくれる人がいる。通じる人がいる。
100回勝負して1回でも目を向けてもらえたら、君の勝ちだ。
1回も勝負しないでビビる必要はない。誰も君のことなんか見てないから、今のうちに自由に踊るべきだ。

人の前で歌を歌うことってのは、アイデア出すより度胸がいるから、僕はくだらないアイデアでも気にせずバシバシ提案しちゃう。
もちろんスルーされちゃうこともあるけれど、誰かがクスッと笑ってくれる。良かった見てくれた。
大人になっても19歳の頃とたいして変わらないことをしています。

友達が昨日来ていた服装を覚えてますか?
昨夜食べたご飯はなんだった?お昼ご飯は?
意外と自分のことですら記憶にないはず。友達の服装なんて思い出せもしない。
でも、好きな映画とか、セリフとか、音楽とか、好きな子とか。
そういうのって鮮明に記憶してるよね。そのとき、あなたが本当に見ている時なんだと思う。

逆にいうと人はほとんど「見ていない」。
これだけの人がいて、あなたのことに関して注目してます!なんて言う人は、いるわけがない。
誰もあなたに期待してない、誰もあなたを見ていない。冷たい言葉だと思うなかれ、これが真実だと僕は思う。
ただ、それを受け入れて素直に生きた人の方が純度の高い魅力的な人だと僕は思う。

特に若い人は、もっと自由に動き回ればいいと僕は思いますよ。
ものすごく素敵なことをしていたら、きっと誰かが見てくれています。
それまでは自由に思ったことで勝負していくといいですよ。失敗の数だけ上手に踊れます。

長ーいCNTRブログでした。

Subaru Matsukura

AUTHOR

松倉 早星(Subaru Matsukura)

ovaqe inc.代表 / CNTR編集長 / MNRVファシリテーター
1983年、北海道富良野生まれ。立命館大学産業社会学部卒業。 東京・京都の制作会社にてプランナーとして在籍。
2011年12月ovaqe inc.設立。領域を横断した多数のプロジェクトに携わる。
http://ovq.jp/
http://subarumatsukura.com/

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