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関係性の二次会

「他人に冷たい」とよく言われる。人の名前もあまり覚えない。
うちの社員なら皆知ってるけど名刺とか直ぐにシュレッターいきだ。
なんなら講演会とかの現場ですごく声かけにくい、怖い人だと思ってました。
とよく言われる。人に言われて自分のことに気付くくらい自分は自分のことに鈍感だ。
僕の場合、それが顕著に冷徹な人に見えるようだ。自分にはわからないが。

僕は人のことを見るけれど、人のことばかりみて自分を見ることが疎かになる。
仕事と家族をいったりきたりしてる感じな日常に”自分だけ”の時間というのはあまりない。
別に必要としてなかったというのもある。

でも先日CNTRメンバーで前世喫茶という前世を見てもらえる喫茶店にいくと
仕事と家庭と自分の時間をバランスよく持ちなさい、と助言を受けた。
このスピリチュアルな店長にいわれて、なるほどなぁと気付くくらい考えたことのないことだった。

仕事も家庭も辛いとか、そういうのじゃなくても
自分を整えるような時間は計画的に持つべきなのだ。
じゃないと自分以外の仕事と家庭のバランスが崩れますよ、と。
そう言われるとなるほどな。と思う。

そして、今、用事と用事の間、1時間喫茶店で一人これを書いている。
僕にとっては、このブログのように1日5分程度、文章を書きながら自分を整理してる節がある。
いざ、一人ぼっちで自分のことを考えようとしたら、すでにこれを書き始めていた。

冒頭に戻って「他人に冷たい」ということを考えた。
しかし、この言葉、冷静に見ると当たり前じゃないか!と思うんだが、どうだろう。
あなたは他人に優しいだろうか。他人だしさ、そこで優しいって少し胡散臭い。

自分を擁護しよう。冷たいのではなく「興味がない。」のだ。冷たくしてるわけじゃない。
僕は関わりが生まれた人は全般的に好きだ。 僕から関わろうとした人もいれば、
あちらから歩み寄ってくれたケースもある。友達というか、そういう人たちは家族同然に想う。

そうじゃない人たちというのは、そもそも僕が関わりを持とうとしない人を他人だとすると
そりゃ街ゆく人全てが他人でそこに興味もてますか?と僕は逆に問いたい。
Facebookを見れば友達が数百人規模でカウントアップされ、
友達申請には会ったこともないやつが申請をしてくる。
そもそも友達に申請が必要か?と拒否しまくっている。

友達100人できるかな?なんて曲があったけど、
今の時代の友達という言葉で定義すれば、なんと容易いことか。
たくさんの人がオンラインで会ったこともないのに友達なってくださいって申請を飛ばし、
いざ、リアルな世界では冷徹そうだと揶揄される矛盾よ。

僕は僕と関わりある愉快で愛しい仲間たちがいればそれでよい。
会ったこともないやつに良い顔できるほど人間できていないし、それができてる人ほど人間らしくない気がしてならない。

人と人の繋がりは、それほど簡単なものではなく
僕と一度も酒や言葉を交わさずに、松倉冷たそうというのはいかがなものか。
別に怒ってないよ、そういう言葉があなたにとっても他人である僕に投げかけられる今の時代が少し怖い。

ちなみに他人だけではなく友達にも恐ろしく冷徹なことは結構あるよ。
心の根っこからSっ気たっぷりなんだと思うんだけど。
僕の友達はそれを含めて、それを松倉らしいという。

結局、オンラインの僕に実在感を重ねて、語ることはできるんだろうが
しんやにじすぎくらいの泥酔した僕と遊ばない限り、
その人という質感は得られることはないのだろう。

そういうことをなんやかんや総括すると「松倉冷たい」という意見はあながち間違っていない。
1次会で帰る奴とは、仲良くなれない性格。
会ったこともないけど、松倉冷徹そうで怖いと思ってる人がいたら、二次会まで参加しましょう。
関係はそこから始まりますよ。

ちなみに名刺シュレッダーかけるのは、
仕事上会うべき人は必ず人生のどこかで再会するという自負から。
一緒に仕事すべき人は必ず巡り合わせるから
すぐ捨てます。もったいないから松倉に名刺渡さないほうがいいよ。
なんなら名刺交換するなら一杯交わそうぜ。

Subaru Matsukura

AUTHOR

松倉 早星(Subaru Matsukura)

ovaqe inc.代表 / CNTR編集長 / MNRVファシリテーター
1983年、北海道富良野生まれ。立命館大学産業社会学部卒業。 東京・京都の制作会社にてプランナーとして在籍。
2011年12月ovaqe inc.設立。領域を横断した多数のプロジェクトに携わる。
http://ovq.jp/
http://subarumatsukura.com/

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