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Long Interview of "Nerhol" #2

Nerholインタビュー第2弾。
作品のお話から始まり、どんどんとNerholお二人の制作スタンスへと話が深くなります。
驚くまでに深く考え、作り込まれたコンセプトの話は、様々な領域において参考になる考え方です。

インタビュー:松倉 早星(CNTR)/高垣 美月/ 渡邊 哲  撮影:綿村 健(CNTR)

これまでのインタビュー

Long Interview of “Nerhol” #1
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Long Interview of “Nerhol” #3


Nerhol

「アート」なのか「デザイン」なのか、という議論があると思うんですが、僕からしたら「あいだ」でもなくて「新しい領域なんじゃないかと、ところがあって、そこを京都の皆に見せたいという想いが強くありました。

田中:サークル「○」は、すごい現代アートに寄ってるんです。考え方もアウトプットの仕方も。だけど「Misunderstanding Focus」は単純に一般の人が見て、「カッコいいね」とかでもいいし、批評家と対峙した時にも美術の文脈で議論し合えるし、デザイナーはデザイナーとして見て、視覚的におもしろいって思わせるところもある。
皆、それぞれ違う意見なんだけど良いってなるようになるべくこう、かなり大きな領域でコンセプトを考えています。

Nerholの活動は「デザイン」や「アート」どっちの領域なんですか?聞かれることは多くないですか?

飯田:どっちでもいいかなと思います。
田中:そう思うし、最近は聞かれなくなりましたね。はじめは凄い聞かれてて、要は何がしたいの?みたいな問いなんですけど。

HOTEL ANTEROOM KYOTO / GALLERY9.5のキュレーションをやっていても領域議論はいろんなところで聞かれます。GALLERY9.5では、アートだけではなくデザイン寄りのこともやりますし、そういう時は「アートやりたいの?デザインやりたいの?」みたいな話しになるんですが、なんとなく僕としてはそれはもうどっちでもいいんじゃないのってゆうところはあるんですよね。

田中:そう、だけどやっぱり重要なことはデザインでもアートでも、どっちから見てもクリアしてるように出来ていないと結局、中途半端に見られちゃう。そういうのが日本には多い。日本のオルタナティブスペースでは、そういう状況が多くて、だから結果的に「開いてるようで閉じてるようになっちゃう。
僕らも最初それを思いきり感じました。これ違うよね?みたいな話になりました。
2007年に西麻布のCalm&Punk Galleryで個展をやって、今年、4年ぶりの恵比寿でリムアートで個展をしました。その間、けっこう抜けきれなくて作品を提出してなかったんですよ。これだと多分、また同じことになるなって思って。それがようやく見えてきて、今だったら、そういう言葉にならないような気がしていて、やっぱり実際「Misunderstanding Focus」が出来上がると、作品を見てくれる人たちの声も「どっちなの?」ではなく、もっと感情的な意見に変わっていきました。

そこをクリアしてるからこその状況ですね。

田中:そうなんです。ですが、海外とかでは普通にこの議論はないんですよね。
ジュリアン・オピーってデザイン的概念で見ればイラストじゃないですか。でも、現代アートでしょ?そのアートとデザインの領域の議論ってもはや存在してないし、ウォーホールも当たり前に存在していて、それがなんで「どっちなの?」と言われないか、ってことを考えてるか考えてないか、プレゼンできるか出来ないか、っていうのはあると思っています。自由にやることは本当に簡単なんだけど、自由になるために何をするかっていう方がすごい重要。それを本当にこの何年か、ずっと考えてましたね。

そして、この強度が生まれてるんですね。納得できます。それも4年間ずーっとやりとりしながら。

田中:そうですね。

Nerhol

平面と立体の2つの側面を持ちながら、制作していると思うんですが、意識してのことなんでしょうか?

田中:目標としては、教会のような、空間すべてを内包するイメージでやっています。油絵でも彫刻でもすべてが教会には、もともと存在しています。人が集まって、ステンドグラスがあって、音楽があって、祈りがあって、彫刻があって、その空間自体が神に対しての人間が出来る行為の凝縮だと思っています。
それが核家族のようにバラバラに発展していったものが、今存在している分野の素粒子であると考えています。例えて言うなら、「Misunderstanding Focus」という建物自体が存在している状態が理想であると考えてるんですよね。

飯田:そう。平面は平面としての強度が必要だから、作る必要がある。だから、立体も作る必要がある。写真の方が良いっていう人もいればいいと思うし、いや、立体の方が良いっていう人がいてもいいと思う。だからといって、写真を作るための立体を捨てるか、といったら、そうではじゃない。
トーマス・デマンドが、立体を作って、写真を撮って、写真を販売しているだけ。立体は捨ててしまうんですね。でもそれは強度的な問題として立体を捨て去るからこそ、写真に価値があるっていう状況を作り出していると思うんです。
僕らはそうではなくて、立体は立体としての崇高性みたいなものが既にある状態で、完成度を高くしてコンセプトの文脈に沿っていれば、成立していると思っています。それをさらに別の状況の写真とか音楽とか空間に置き換えた時に、それをクリアするための文脈とか完成度があれば、アウトプットされる形態の核になっている存在を消す必要はないと思うんです。
だから、それがどこから発生するかはどこでも良いと思っています。それが写真からスタートするのか立体からスタートするのか、もしかしたら空間とか言葉とか雰囲気とかかも知れません。
それが、たまたま表層に置き換わったものが立体になるのか、立体になったものが写真になるのか、空間にあったのものが音になるのか匂いになるのか、そのような派生の仕方で置き換わっていくのが理想です。

田中:必然性があれば何でも良いと思うんですよね。必然性がないから撮影したものをプリントだけにしている人もいるし、彫刻だけで成立している人もいて、これじゃなきゃいけないというよりは、これでなければ出来ないから、やるっていう発想です。

飯田:いろんな分野があって、そこにガッと食いついていければ、もっと違う凄いものになるかなと思います。もっと遠くから見たいですよね。まるっとしたでかいやつをぐいぐい細い状態で引っ張りだして来る感じ。

Nerhol

仕事と作家活動のバランスの意識・イメージってあるのですか?

田中:ここからここは仕事の時間、という決まりはありません。サイクルとして考えています。僕の中で作家活動と仕事の共通的な部分は文化的価値みたいなものを創出するところだと思っていて、グラフィックの仕事も美術関係が多いんですよ。だけど、行政でも、企業でも、クライントがいるっていうことと、現代アートをやっているということでは、根本的には指示される、必要とされる土壌が違います。
でも、違うことは違うんだけれども、ダイレクトに伝えていかないといけないデザインという場所で、作家活動として重要なことを見いだせることもあれば、Nerholの活動では、コレクターさんに買ってもらったりとか、どういう人がこの作品を好きなるかという、現代アートにおいての経済活動の中でも、デザインの経済にも結びつくことがあります。
だから変に偏らないで、片方で「なるほどなー」って思ったことをもう片方に還元したりっていう良いサイクルになってます。わりとちょうどよいです。

飯田:やっぱり埋没しすぎたら終わりなんですよ。何にしても。どっかで自分を俯瞰している状況を作らないといけなくて。それがうまく仕事に作用しているかなと思いますね。まあ、本当はぐっちゃぐちゃになるまで突っ走ってやってみたいけどね。

田中:そういう時間も必要だよね。

東京・金沢以外ではまだ展示はされてないですよね?
そして、次の作品も気になりますが、どうなっていくんでしょう?

田中:次は年明け早々に映像の展示をやろうと思っています。詳しい日程はまだ決まっていません。場所は東京です。そして、京都は初上陸です。いろんな人に見てもらいたいですね。

< Long Interview of “Nerhol” #3へ続く(12/3 UP予定)>


Information

「Untitled/Nerhol」展 at HOTEL ANTEROOM KYOTO GALLERY9.5開催中
残り約1週間ほどと展示期間が差し迫る中でのインタビュー公開となりました。12月9日まで開催中です。
一度、見られた方もこのインタビューを閲覧いただくと、また違った見え方が出てくるかもしれません。
是非、ご来場ください。展示の詳細はコチラから。

Subaru Matsukura

AUTHOR

松倉 早星(Subaru Matsukura)

ovaqe inc.代表 / CNTR編集長 / MNRVファシリテーター
1983年、北海道富良野生まれ。立命館大学産業社会学部卒業。 東京・京都の制作会社にてプランナーとして在籍。
2011年12月ovaqe inc.設立。領域を横断した多数のプロジェクトに携わる。
http://ovq.jp/
http://subarumatsukura.com/

ovaqe inc.