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心地良い まち ~まちとアート編~ 此花 vol.2 #01

アートやクリエイティブと、まちや暮らし、その両者の心地良い関係性とは何なのかを探る特集「心地いいまち」。第一弾として此花地区をとりあげていますが、その第2回目は、案内所兼カフェを営む辺口さんと溝辺さんにお話を伺いました。アーティストとしてこの此花にやってきたお二人が、なぜ案内所を始めるに至ったのか、案内人として地元の人とどう向き合っているのか、そこにある共存についてお聞きしました。


辺口芳典 溝辺直人 [ 黒目画廊/OTONARI : http://kuromegarou.jp/   ]
インタビュー:宮城貴子(CNTR)/ 岡村綾子(CNTR)
撮影:岡村綾子(CNTR) 写真提供:the three konohana

>> 心地良い まち ~まちとアート編~ 此花vol.1 #01
>> 心地良い まち ~まちとアート編~ 此花vol.1 #02

 


 

黒目画廊 / OTONARI


 

ーまず、此花との出会いを教えてください。

辺口: 2009年に此花で行われている「見っけ!このはな」にアーティストとして呼んで頂いたんですが、そのときに面白い場所だなと思ったのがきっかけですね。それで、翌年の1月から、ここにいる溝辺くんも含めた男三人で黒目画廊をスタートしました。ずっと場が欲しかったこともあって、年間250回くらい、すごいペースで本当に色んなことをやってました。

ーyoutubeのアーカイブ映像見ました!正直、なんだこれはって驚きました(笑)

辺口: いやあ、あれなんて一端ですよ(笑)。もう、展示もするし、トークショーもするし本当にいろいろ。展示して、ライブして、寝て、ライブして、つくって、展示して、、、みたいなのをひたすらしてましたね。僕も個人でイベントとかには呼ばれていたんですけど、でもそこではやっぱり話し合う時間も必要になるので、そこでロスが出てきちゃうんですよね。でも、僕らはつくりたいものをつくって、それを見せたいだけなので、そういうロスがでない、自分たちの場所を持ちたいと思っていて。なので、黒目画廊ができてからはひたすらやってましたね。溝辺くんともう一人の人とは一緒にバンドとかもやってたので、音に合わせて僕が朗読するとか。ただ、方向性が違うということで、一年ほど経ったところで一人やめてしまって。

溝辺:秋くらいかな、そこからこの二人になりました。

辺口:そう、それでその後も8時間以上ぶっ通しでトークをしたりとか、さらにペースを上げていろいろやっていたんですけど、溝辺くんが、表現はもう満足したっていうところまでいくんですよね。もうこれ以上はいいかな、と。

溝辺:そうですね。もう一旦やめるというか、黒目画廊どうしようかな、というところまでいったんです。もうやりつくしたなあ、と思って。
 


 

ーそこから、OTONARIができたんでしょうか?

辺口: いや、それはもうちょっと先なんです。溝辺くんがそういう風に思い始めたくらいで、ちょうど僕が個人でドイツに呼ばれたんですね。イベントへの参加がメインではなく、僕個人を価値のあるものとして扱ってくれるということだったし、それはロスもでないし、いいですよね。自分で場所を持ってやっているのと一緒だと。それで、ちょうど黒目もどうする?という感じだったので、いいタイミングだなと思ってドイツに行きました。自分の表現に納得して、それで別れるならいい別れでもある、お互い頑張ったねと。ただ、このまま終わってしまうのはちょっとなあ…と。となんとなくひっかかりがあったんだよね。「とはいえ、なんかなぁ…」っていう。

溝辺:なんかなぁ…と二人とも思ってましたね。

辺口:それで、まあ引っかかりもあったまま一人でドイツに行ったんですけど、もう本当に生活が大変だったんですよ。海外もはじめてやったし、英語も話せないから、表現できて、皆が見に来てくれても日常生活ができないんですよね。買ってくれてたパンをギリギリ食べつなぐ、、みたいな(笑)。でも実際、本当にやばくなると、助けてくれる人が出てくるんですよ。ここで買うねんで、と教えてくれたりとか、遠い場所まで移動するんだったら乗っていき、とか。そこで、そういう人がいないとだめなんやと痛感してたときに、ひらめくんですよ。「あ、案内所っていいかも」って。

ー実体験がもとになっていたんですか!

辺口: そうなんですよね。僕はドイツで案内してくれた人がいたから作品もみせれたし、日常生活もできた。その地域のことをよく知ってる人、今を知ってる人がいたから成立した。じゃあ此花でも、そういう今を案内してくれる場所があったり、案内人がいたら、成立するな、と。俺らが「とはいえ、なんだろう」って思っていたところは、「とはいえ、社会も大事にせな、成立しない」ということだったんじゃないかと思ったんですよね、パン食べることも必要やから(笑)。

溝辺:その話を聞いて、僕もそれやったらできるな、と。表現はもうほんましんどいわ、って感じになって、僕はこれはもう一回社会に戻って、きっちり働こう!くらいで思ってたんですけど(笑)。案内所、いいなあ〜って。

辺口:独自だけど、でも作家ほど個人でもないっていう場所。僕と社会の間だったり、溝辺くんと作家の間だったりっていう、「間」っていうのが多分この案内所のキーワードなんです。あと、案内所っていうのはね、やっぱり料理も大事なんですよ。ドイツでも、例えば友だちの家に行ってごはんを貰うと、そこがまず拠り所になる。そこから、あの場所面白いよとか繋がっていったりっていうのもあったので、溝辺くん料理うまいし、本当にちょうどいいやん、って。この地域も、何個か面白い場所があったり、古いまちなみもいいし、そういうのを組み合わせて、新しく入ってくる人に対しても案内出来るなと思ったし、逆にこの地域に暮らしている人も、新しい場所って全然知らないんでね、そういう人にも、案内人がいてたら入りやすいと思ってもらえるかなと。 そういう色んな要素が繋がって、ここになりました。

ー黒目画廊ともう一軒で、2軒持つってイメージは以前からありました?

辺口: いやいや、全然イメージじゃなかったですよ。リスク高いですしね。、労力も多い訳やし。だから全然狙いじゃなかったけど、でもやっぱり共存したかったのかな。全然資質が違うもん同士が助け合えてるのはすごい楽しいんですよ。黒目画廊だけだったらちょっと共存していくのは無理だってなったときに、ぽこっと一個育ったといか、大きくなって成長したっていうイメージですね。

 


今を案内するということ

ー案内所だけではなく、実際に町を案内する「ワンダータウンツアー」も行われていますが、まちの人からは何か言われますか?

辺口: 言われます言われます。蛍光の服きて目立つようにしてるので、わかりやすいじゃないですか。あと、最近テレビに出たので。NHKと、せのぶらと。

ーせのぶら!知ってます!このまち、なんか似合いますね(笑)

辺口: なんか新しい人が入ってきて、ツアーやったり、この地域で活動しとるらしいぞって。実際、言ってたように、地元の人を連れて行くこともあるのでね。普通に地元の人がここに飲みにきても、一言「僕ら、案内所兼カフェでやってるんですよ。ツアーとかもやります。」とは言うので、認知度は高くなってきてるかなとは思います。

ー住み始めて2年目で案内をするっていうことに、抵抗感とかはなかったですか?

辺口: 誤解はされるやろなってのはもちろんありました。だって何年もここで生きて、歴史を知っている人がいるのに、僕らみたいなのが案内するっていうのはちょっとって思うでしょ? でも、もとからそこがアイディアとしては面白かったわけなので、抵抗感はなかったです。このツアーって、別に石碑が建っているところに行くだけじゃないんですよ。今を見せるツアーなんです。今も歴史だっていうことが結構抜けてるんですよ、みんな。だから例えば、このインタビュー録音マイクが初めてこのテーブルにのったっていう今も歴史。絶対まがらない。そういう今っていう絶対曲がらない歴史もちゃんと案内できたら、それは地元だろうが新参者だろうが関係ないと思うんですよね。だから僕は違和感はないんですけど、そういう説明はすごいしています、誤解はされないように。

ー案内をはじめて、町の人に対してはなにか変わりましたか?

辺口: より尊敬が生まれましたね。この人らがいてくれたから、こういうことできたんだなって。こういうことを許してくれる地域への尊敬ですね。この地元の人らがいてたから、僕らが今楽しいことができてたり、共存できてる。共存って、贅沢な話じゃないですか。そりゃ、日々厳しいこともありますよ、ほかの地域と比べて、この地域の人ははっきりしてるし。自分を持ってる気がしますね。嫌なことは嫌って言うし、お金の話とかもすんなりしてくるしね。なんぼ稼いでるんとか(笑)。そういうのってもう最近タブーになってるでしょ。

ー正直ですね(笑)

辺口: そう、ほんと正直。この辺の人たちは正直ってものを受け継いできてるなって思います。だから、僕らが正直に生きてもまだ許される。でもほんまに怖い人は怖い(笑)。家族にもぶたれたことないのに!みたいな言葉がどんどん飛んでくる(笑)。お前ら四十歳手前でなにやってんのん、とかね。そういう、親が言わないとあかんことを他人が言ってくれるっていうのはすごいですよね。だから、個性がすごい許されてるのかなあ。個性豊かやなあって思いますね、個性の中には厳しさやえぐさもあるし、優しさもおもしろみもありますからね。

ー親より濃いコミュニケーションを、地元の人ととれるっていうのはすごいですね。

辺口:うん。衝撃を受けましたね。

溝辺:親父としゃべったことないことも喋ってるんですよ。最近僕、子どもができたんですけど、子どものことも喋ったりとかして。で、アドバイスもしてくれるし、だめなところも言ってくれるので、尊敬もするし、もっとしっかりしなあかんなとも思ったり(笑)。おもしろいですよ。

ーそういうのってやっぱり黒目画廊だけやってるとなかったことなんですかね?

辺口: ないですね。ここだったら、俺らのことまったく知らん人がふらっとこれますけど、やっぱり画廊ってなるとそういうわけにもいかないので、そこは大きく違うと思う。ここは本当に色んな人が来てくれて、色んな話ができる。このトタンの建物が建った経緯であったり、昔の貧困の時代の頃のこと、戦時中の話や、高度経済成長期の環境問題の話とか、すごい話しにきてくれるんですよね。それを聞いて、僕らもただ今を楽しむだけじゃなく、そういうことも踏まえなあかんなっていうことに気付いたり。そういう話ができているのはすごいいいなあと思いますね。

 

>> 心地良い まち ~まちとアート編~ 此花vol.1 #02 につづく

Takako Urabe

AUTHOR

占部 貴子(Takako Urabe)

1987年、岡山生まれ。大阪芸術大学芸術計画学科卒業。
駅ナカのコミュニティスペース、アートエリアB1に管理運営スタッフとして在籍後、現在は学童保育指導員として勤務しながら、子どもとアートの関わり方について考え中。
文化住宅を利用した様々な活用方法の提案と実践を行う「前田文化」メンバー。

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