生き方と働き方

生き方と働き方
DATE: 2013/05/14 / AUTHOR: Subaru Matsukura

「いそがしそやね」とよく言われた今週末。
スケジュールはパツパツなんだけど、忙しい感じじゃない。
今まで働いてきた中で一番ゆったりしている。
生活と仕事が同じサークル上で繋がっているイメージ。
二つの歯車が噛み合って、はじめて豊かさを感じれるのかもなと朝事務所で思ったり。
天気がよい。

「どう働くか」なんてことが注目されているのが今の時代っぽい。
時代の言葉はいつも本質を置いてけぼりにするから。
ただしくは「どう生きるか」という問いかけなんじゃないか。

生きることと働くことが分離しているのは、もう昔の話だ。
どう生きたいか、で働き方も変容するし、どう働きたいかで生き方も変わる。
どちらかが主従関係にあるのではなく、どちらも生きることの右足と左足。
両者がそろってまっすぐ歩める。片足を引きずれば、いずれもう片足にも負荷が出て両足を痛める。
大事なのは二つの足の歩む速度だ。走るのも、ゆっくる歩くのも、立ち止まるのも、お互いの呼吸が大切になる。

最近、さらに大事だと思っているのが、今自分がどういう状態かを理解すること。
息があがってないか、まだ速度あげれるんじゃないか、疲れがたまってるんじゃないか、とか。
僕の場合はストレスを感じない体質(狭いところと高いところは嫌だけど)だから、見るべきコンディションが少ないのがお得。
で、今はさらに速度あげる時期、たぶん秋ぐらいに一言もしゃべらないような時期が来るから、そこまで突っ走る。

仕事は物凄く真面目にやるんだけど、大事なのは例えば凄い天気がよかったら、
仕事の時間でもぼーっと30分くらい外で雲とか眺めちゃうときがある、夕日とか、すごくキレイな時期なんだよね。
作業に没頭していたら見落としてしまう、そういった瞬間は走っていても急ブレーキで足を止める。
たぶん、それは僕の生きる歯車の大事な瞬間だから、でお腹いっぱいになったら、また黙々と作業する。

どんだけ仕事がひしめいていても1日の10分や30分ぐらい、
自分の生きるに使った方がいいよ。仕事の奴隷になっちゃ駄目だ。
日常にある世界の美しい瞬間を見逃した方が命を無駄にしている気がしている。
可愛い犬がいたら撫でたいじゃん。忙しいから通り過ぎるんじゃなくて、足を止めたいんだな。

人間っぽい会社というか、会社っぽさは1mmもないのが僕の会社なんだけど、
仕事の話もあれば人生の話もあるし、未来の話もあるし、くだらない話もある。
僕らの事務所をたたいて相談しにきてくれる人は、
なんか機械的なことじゃなくてデータ化できない物事をどう伝えたらいいか、という相談が多い。
そのとき、あの日見た夕日とか、撫でた犬とか、ぼーっとした時間に流れていた音とかが共通言語になる。

風が吹いたときに草木がたわんで風の形がみえるじゃないですか、あんな感じですよね。
とか、
美味しい料理食べるのもいいけど、作ってるところを見るのが一番お腹すきますよね。
とか、
そういう言葉が出る。相談した人もそういった体験があるから、同じ風景をイメージできる。

機械的な言葉で語っても分かった感じでしかなくて、本質は置いてけぼりのことが多い。
そして、本質というのは生きることの周辺に散らばっている。僕らは実はそれらを横目で見ているけど見つめていない。
だから、ぼくのような仕事は、生きることを第一に、そこから仕事に繋がることが多い。

変な仕事ではあるが、とっても人間っぽい仕事。
事務所にはスケボーとか、おもちゃとか、鳥の本とか、コンピューターの本が雑多に置かれているけど
あれ、全部仕事なんだな。そんな仕事もある。そんな生き方もあるのです。

肩肘はらずに人として生きていることが、そのまま仕事だったりしてもいいわけ。
それを証明するのが僕らの仕事の一つかもとか最近思ってる。

そういえば、三木さんが

「話すようにデザインする」

って言ってて、本当それが近いです。生きることと作ることはイコールで結ばされると僕は思う。

AUTHOR

松倉 早星(Subaru Matsukura)

ovaqe inc.代表 / CNTR編集長 / MNRVファシリテーター
1983年、北海道富良野生まれ。立命館大学産業社会学部卒業。 東京・京都の制作会社にてプランナーとして在籍。
2011年12月ovaqe inc.設立。領域を横断した多数のプロジェクトに携わる。
http://ovq.jp/
http://subarumatsukura.com/